第8章 なんで聞いてくんないの

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今までで一番近くに来れた。 甘い香りがちゃんと鼻を掠めてる。 「っ! 離れろって!」 無理やり遠ざけられる。 阿木野さんはこっちを思い切り睨んでいるけど、その目は怒っているのとは少し違うようにも見える。 「ここどこかわかってんのか?」 「わかってるよ! 学校でしょ! んで、あなたは先生で、俺が生徒!」 知っているならこんな事するなって顔をしている。 なら、髪なんて優しく撫でないでよ。 頼むから……全部シカトしとけばいいじゃん。 「お前、男が好きなわけ?」 「違う」 「それならただの好奇心だろ。俺はかまってやるほど暇じゃない。それにそんな興味本位なんかで俺はお前と寝ない」 「なんで、そんな事言うんだよ! そうじゃないって!」 「お前の初めての男になるのなんかまっぴらだっつってんの! 面倒だし、それで万が一にもやたらと執着とかされても困るんだよ」 阿木野さんはイライラとした表情で髪をかきあげて、そっぽを向いてしまった。 「じゃあ、俺が男と寝た事があればいいわけ?」 「は? そういう問題じゃないだろ?」 そういう問題じゃん。 子供の遊びだって、子供に執着されるのが嫌だって理由くらいしかないんでしょ? なら、わかったよ。 それもテストと同じにクリアすればいいんだろ。 「わかった……」 「ちょ! 何だよ、わかったって!」 腹が立つ……阿木野さんが何か言っていたけど、全部無視して美術室を後にした。 「ただいま」 「おかえり~」 「母さん、俺、今日帰り遅いから」 「……あんたまた顔腫らして帰って来ないでよ?」 心配そうな親には、そんなんじゃないテストも終わったから西澤んちで遊ぶだけだと伝えた。 今、実際に考えている事を知ったら失神するだろうから。 俺は二階の自分の部屋に戻ると、クローゼットから黒系の洋服を引っ張り出して着替える。 ジーパンは子供みたいに見えるからパンツも黒、髪はワックスでまとめて少し大人っぽくして、急いで家を出た。頭に血が上っているのかもしれない。 そのまま電車に乗り、阿木野さんと初めて出会った場所へと向かった。
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