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阿木野さんはじっと俺の目を見てから、チッと舌打ちをした。
やっぱり聞いてはもらえないんだと、そう思ったのに、
そっと俺の手を抜けて潜り込むみたいに唇が重なった。
ただ触れるだけのキスなのに、本当に電気が走ったみたいになって、初めてしたみたいだった。
「……阿……木野さん」
「……酒……は飲んでないみたいだな。これで大人しく帰るか?」
そう言ってすぐにすり抜けてしまう。
先に歩こうとする阿木野さんの腕を引っ張って引き止める。
今しか本心を言ってくれなそうな気がした。
「えっ? 待ってよ! 阿木野さん! 待って!」
「なんだよ!」
「今のって? 子供をあやすためのキス?」
俺の質問に、はぁ? と呆れている。
でもわかんないよ。
今のキスのせいで脳みそがショートしたみたいに上手く動いてくれないんだから。
「お前アホだろ? こんな道端であやすためになんかキスするか?」
「じゃ、なんで?」
「なんでも何もないだろうが!キスなんて嫌いな奴にしない」
「ね、それって好きって事?」
「……教えない。酒飲んでないか調べただけ……ほら帰るぞ!」
ねぇ好きってことだよね?
それ以上は絶対に話さないと主張する背中を抱きしめたい衝動に駆られながら、それを我慢してあとを追いかけた。
「それじゃあな……今日はテストお疲れさん」
ちょっと!
なんで、すんなり俺と阿木野さんの家の最寄り駅なわけ?
マジで帰そうとしてるんですけど。でも、さっきのほんの数秒のキスが俺を勇気付けてくれる。
は~い、と良い返事だけをして改札へと戻ろうとする。
そんな俺を阿木野さんが引き止めてくれた。それが堪らなく嬉しい。
「ちょ、どこ行くんだ」
「? さっきのトコに戻るんだよ? 俺、今日帰らないって親に言ってあるし」
「はぁ? 普通に帰ればいいだろうが――って、ちょっ、おい!」
それでもなお、戻ろうとする俺をもう一度阿木野さんが腕を引っ張って止めている。
もうこの押し問答だけを一日中していたいくらいに嬉しかった。
「わかったよ。泊まりはなしな。コーヒーだけ飲んだら帰れよ」
「あー」
「返事は?」
返事は笑顔だけにしておいた。
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