第1章

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「あ、ッぶねー。今日で何回目か数えるのも馬鹿らしいけどまじで死ぬかと思った、いつもいつもありがとな」 バラバラに砕け散った床の上、スマホ片手に大の字になって転がっているのは砂まみれの相一。その傍らにはビクビクと不気味に蠢く黒い物体を片手で弄ぶ、白髪の吸血鬼が片膝をついていた。 「所長を守るのが私の役目ですから。ただ一つ言わせて頂くなら、あの一瞬で『壁』を呼び出す事が出来るならご自分を守って頂けると幾らか安心できるのですが」 周囲の惨状とはおよそ釣り合わない落ち着いた声で応える理亜。その視線の先には半円状の障壁の内側で、何が起きたか分からないといった風に目を見開いて腰を抜かす前橋の姿があった。 「目の前で依頼人に怪我させる訳にはいかねえだろ? それに、俺自身≪こっち≫はお前が守ってくれるって信じてたしな」 ほんの僅かなズレでもあれば命を落としていたかもしれない場面だが、あっけらかんと笑う相一の瞳からは己の秘書に対する絶対の信頼が読み取れる。 「はぁ。そういう言い方は………………少々ずるいです」 呆れた様に溜息を吐く彼女の口元がへの字に曲がる。それはまるで、頬が緩むのどうにか抑えようとして失敗したかのように。 「おーいそっちは大丈夫か!?」 「氷柱ちゃんがついてるのよ、大丈夫に決まってんでしょ!」 海の家を形作っていた物の残骸でひっくり返った空間の片隅から、威勢の良い返事が返ってくる。 天井も失い直に射し込んでくる月明りが照らしだしたのは、ドーム状の氷の内側で伏せる三人の少女だった。
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