第1章

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その小さな身体を目いっぱいに使い覆いかぶさる様にして詩織を庇う千里。その二人を抱え込み、氷のドームを維持する事に神経を集中させる氷柱。 「――――び、びっくりし過ぎて心臓止まるかと思った。ありがと千里ちゃん、それに氷柱ちゃんも…………、二人がいなかったらわたし…………」 「礼なんていいわよ! ちびっ子、詩織とおっちゃん連れて速くここから離れなさい!!」 「…………っ! 詩織ちゃん…………わたしから離れないで…………」 千里がその小さな手で詩織の腕を引く。引かれるがままの詩織を連れて障壁の内側で座り込む前橋の元に駆け寄った。 それを確認した相一がスマホ画面を一撫ですると前橋を包んでいた半透明の障壁がふっと消え去る。この場で一番小柄な少女は一切歩みを緩める事無く、未だ放心状態が続く前橋の服の裾を掴むと二人の人間を先導し惨状と化した海の家を後にした。 「ひとまずあっちは大丈夫そうだな。そういや水張の奴は? まああいつならこれぐらいで怪我なんかしないと思うけど」 遠ざかっていく三人の背中を確認した後、瓦礫の山に埋もれた周囲を見やる。 立ち上がり、全身に付いた砂をはたいて落としていく彼の頭上に怒りに満ちたしわがれ声が降りかかってきた。 「貴様ら、この儂を前に随分な態度ではないか。この脚の落とし前はつけてもらうぞ」 黒い光沢を放ち凶悪な形状をした蜘蛛の脚。小山の様な巨体を支える八本の内、先端を捩じ切られた一本を皆の頭上へ掲げる様に振り上げる。 「お前が牛鬼か、一度しか言わねえから良く聞いとけ。…………ぶちのめされたくなかったら黙ってその臭え口を閉じて二度と人間を襲わないと誓え、濡れ女に襲わせるのもな。それが約束できるなら一度だけ見逃してやる、だからさっさと――――――」 相一の言葉を待たずして牛鬼の脚が振り下ろされた。いつの間にか欠損部分から新しく鋼鉄の甲殻が生えてきており、真新しい先端部分が彼の脳天を貫かんと迫る。いうなれば上空から巨大な鉄骨が己目がけて振ってくる、そんな危機的状況を目の前にして相一の口から漏れたものは小さな溜息ひとつであった。 「そうかよ、だったら仕方ねえ」
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