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「雅代、会社辞めるって本当か?」
口にしてから、うろたえた声の響きに我ながら舌打ちしたくなる。
「ええ」
相手は穏やかに微笑んでいるが、その平穏さこそが反論を一切受け付けない表明に見えた。
「どうして相談してくれなかったんだ」
問い掛けのはずなのに言い訳じみた調子になる。
「貴方には帰るべき場所があるでしょ」
彼女はローズ色のルージュを引いた唇から白い歯並びを覗かせて告げる。
オフィスで「お電話ありがとうございます」と受話器片手に切り出す時と同じ笑顔だ。
「それは、私じゃない」
微笑の奥の乾き切った瞳だけは、今まで一度も目にしたことがなかった。
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