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ここは、魔界。太陽が遠く、月が近い場所に位置し、瘴気に溢れ、魔のものが多く生息する地。
その中でも、最も瘴気が濃く、魔のものに溢れた森がある。そこを抜けた先に黒に染まる畏怖を帯びた城がある。その最上階の王室に、一人の男がいた──いや、男は人間ではない。
男の容姿は衣服の上からでもわかる通り逞しく筋肉質な肉体美。漆黒の髪に、真紅の瞳。手は武骨で、黒の爪は長く鋭い。褐色の肌は人間のようだが、頭から生える双角が人間ではいことを示していた。双角は羊のように襟巻きな形状で鹿のように長い。
男は重ね着した衣服を全て脱ぎ捨て、ベッドに並べている衣服に着替え始める。
そのとき、コンコンとノック音がする。男は入れ、と促した。
「失礼します。……またそのような格好をなさるのですか」
最も王の傍に使える側近が入室して早々に、嘆息を吐いた。
男は手に取った衣服に着替えた。その胸元には人間界でも屈指の名門校の紋章が刻まれている。やがて男の双角が徐々に頭から埋まるように消える。同様に、爪も短くなり、その色も肌を写す白に変化し、褐色の肌も髪さえ色を失い、背丈までも縮んでいく。顔はすでに別人のものだ。
「また人間界へ?」
「ああ」
側近は惜し気に言った。
男の返答する声も本来のものではない。本来男の声は低く雄々しいものであるが、その面影は一切垣間見えない。振り向いた男の姿は口元に皺を作った老体。精悍とはかけ離れたものだった。
男は顔の皺を伸ばすように笑みを浮かべた。老体には不相応な狡猾な笑みだ。
「息子に会いに行こうと思ってな」
「例の方ですね」
男の姿、サイ・トール・ベナイアスという人間のもの。人間界で名門校の学園長であった。
「魔界のことは全てお前に任せる。しばらく戻らない」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ、シャザール魔王陛下」
「ああ」
この男の名はシャザール・イル。魔界を統べる王である。
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