第1章

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「だってさ、一回の見合いで話がまとまる保障はないだろ。どんな噂話を流されるかわかったもんじゃない。実際、流れたわけだし。これでわかっただろう? 本人が口にしないその人を語る噂話は安易に信じるんじゃない。わかった?」 「……ごめんなさい」 ぽつりと口にし、でもすぐに幸子は言い返した。 「どうして私が謝らないといけないのよ」 「僕よりも他の人の話を信じた」 「それは」 「大切な話なら、君たちに必ず伝える。今すぐは無理でも、時が来たら必ず。隠し事はしないさ。待ってくれてればよかったんだ」 「だって」 やはり彼に背を向けたまま、幸子はうつむいた。 「青山のアパートから引っ越したのは結婚するからだって」 「違うよ」 「見合いする、って聞いたら、ああそうなのか、って普通なら思う」 「誰から聞いたの」 「みんなが噂してた」 「君らしくもない」 手に持ったマッチ箱をこつこつ転がす。 「私らしくない、ってどういうこと?」 「君は時々とんちんかんなことをする。今回のような。普段の君なら、洞察力を働かせて冷静に物事を見極められた。――でも」 かたん、と箱が倒れる。 「僕だから。僕のことだから気が動転した?」 うつむく頭がさらに下がった。そうだとうなずくように。 うなだれた後ろ姿が小さく頼りなさそうに見えて、彼はどうしたらいいかわからなくて。 「うれしいと、言っていいかい」とつぶやく。
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