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「だってさ、一回の見合いで話がまとまる保障はないだろ。どんな噂話を流されるかわかったもんじゃない。実際、流れたわけだし。これでわかっただろう? 本人が口にしないその人を語る噂話は安易に信じるんじゃない。わかった?」
「……ごめんなさい」
ぽつりと口にし、でもすぐに幸子は言い返した。
「どうして私が謝らないといけないのよ」
「僕よりも他の人の話を信じた」
「それは」
「大切な話なら、君たちに必ず伝える。今すぐは無理でも、時が来たら必ず。隠し事はしないさ。待ってくれてればよかったんだ」
「だって」
やはり彼に背を向けたまま、幸子はうつむいた。
「青山のアパートから引っ越したのは結婚するからだって」
「違うよ」
「見合いする、って聞いたら、ああそうなのか、って普通なら思う」
「誰から聞いたの」
「みんなが噂してた」
「君らしくもない」
手に持ったマッチ箱をこつこつ転がす。
「私らしくない、ってどういうこと?」
「君は時々とんちんかんなことをする。今回のような。普段の君なら、洞察力を働かせて冷静に物事を見極められた。――でも」
かたん、と箱が倒れる。
「僕だから。僕のことだから気が動転した?」
うつむく頭がさらに下がった。そうだとうなずくように。
うなだれた後ろ姿が小さく頼りなさそうに見えて、彼はどうしたらいいかわからなくて。
「うれしいと、言っていいかい」とつぶやく。
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