第1章

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◇ ◇ ◇ 遠くで泣く女の声がする。 妹が泣いている…… また誰かに苛められたのかい? 大丈夫、僕が助けるから。こちらへおいで。 ……いや。 この声は違う。 声をひそめてしくしくと泣いているのは幸子だ。 両手で顔を覆って―― 先頃見た夢の繰り返しだろうか。 そうか、これは夢なんだ。 幸宏は問い掛ける。 何故泣くの? 君を悲しませるものは何? 僕がいる、ひとりで泣かないで。 手を伸ばし、つかんだものの感触はしっかりとして固い。 幸宏は力を入れて引いた。 「……きゃ!」 かぶって小さく叫ぶ声にそれより大きく、ごちっと何かがぶつかる音がする。 「痛い……」 ベソかく声は幸子のもの。 これは夢か? と思ったのは一瞬、泣く女の方が夢で、今は現。 幸宏は彼女の足首をしっかり握っている。 幸子はばんと俯せに倒れ、襖の敷居におでこをぶつけて呻いていた。スカートが半分以上めくれて足が太腿まで丸見えだ。 瞬時に様子を見て取った幸宏はがばと跳ね起きていた。 「ご、ごめん! 痛かっただろう!」 何か言おうと、おそらく文句を垂れようとした彼女は、おでこの赤み以上に頬を赤らめ、顔をそらした。 え、と思うまでもなかった、幸宏は生まれたままの姿で何も着ていなかったから。 まずい。
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