第1章

8/15
前へ
/15ページ
次へ
「学校からお呼びが来た」 え、と言いながら振り返った顔には、まだ朱が差していたけれど、当惑の色が濃い。 彼は羽織っただけの浴衣をばっと脱いだ。 下着も何もつけていないから、幸子は再び壁と向かう人となる。 部屋を移動しながら下着と衣服を身につけ、頭髪を整え、タイを締めると、普段の幸宏の姿となる。 振り返らない彼女の足元へ、彼は鍵を置いた。 「ひとっ走り、行ってくる」 チャリ、と鳴る金属音に顔を鍵の方へ向けた彼女へ。 「鍵を置いていくから。留守番をたのむ」 「どうして置いていくのよ、私に――」 「言った通り。留守番してて」 「言いつけ、守ると思ってるの?」 「それは、僕にもわからない」 首を右に傾ける。 ふわりと彼愛用の男性用整髪料の薫りが立ち上った。 額の上に落ちた一筋の前髪を撫でつけ直して。 「とにかく、鍵は置いていく。君の好きにしていいよ。隣に預けても、郵便受けに入れて閉めて出ても、そのまま、何もしないで出て行ってくれても。君に任せる。けど。これだけは覚えていて。僕は一時の気の迷いで君と寝たんじゃない。思い出にするつもりはないから」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加