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「学校からお呼びが来た」
え、と言いながら振り返った顔には、まだ朱が差していたけれど、当惑の色が濃い。
彼は羽織っただけの浴衣をばっと脱いだ。
下着も何もつけていないから、幸子は再び壁と向かう人となる。
部屋を移動しながら下着と衣服を身につけ、頭髪を整え、タイを締めると、普段の幸宏の姿となる。
振り返らない彼女の足元へ、彼は鍵を置いた。
「ひとっ走り、行ってくる」
チャリ、と鳴る金属音に顔を鍵の方へ向けた彼女へ。
「鍵を置いていくから。留守番をたのむ」
「どうして置いていくのよ、私に――」
「言った通り。留守番してて」
「言いつけ、守ると思ってるの?」
「それは、僕にもわからない」
首を右に傾ける。
ふわりと彼愛用の男性用整髪料の薫りが立ち上った。
額の上に落ちた一筋の前髪を撫でつけ直して。
「とにかく、鍵は置いていく。君の好きにしていいよ。隣に預けても、郵便受けに入れて閉めて出ても、そのまま、何もしないで出て行ってくれても。君に任せる。けど。これだけは覚えていて。僕は一時の気の迷いで君と寝たんじゃない。思い出にするつもりはないから」
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