第1章

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 とあるバー。 人気がないといえばそうなってしまいそうなほど、物音一つ一つが良く響くようなバー。  このバーは至ってどこにでもあるバーだと思う。 カウンターがあり、テーブル席がある。  木製の重たいドアを開けるとチリンッ、と鈴が鳴り、さらに辺りを見渡すと壁、床、天井、カウンター、テーブル、イス、が木製で出来ている。  その木は「ヒノキ」という名前の木だったりする。 そのヒノキの香りすら、煙草や酒、焼香、様々な人がつけてくる匂いで色々な香りと化していることであろう。  ゆったりと、煩くなく、けれど聞こえないと言う風ではなく、ジャズの音楽が流れている中、2人の人影がそこにはあった 「……マスター、もう一杯」  金髪の少年と呼べる一人の客がバーテンダーと名乗る男に、グラスを向けた。 バーテンダーはにっこりと笑みを浮かべ、グラスの中に再び酒を注いだ。  金髪の少年――恋也という者はグラスに酒が注がれるのをぼんやりと見つめ、ある程度注がれるとグラスを口まで運ぶ。  その動作を見ているのが、ボルサリーノを被った全身真っ黒な男。 恋也と男の距離は離れてはいるが、互いの声が聞こえないぐらいと言うわけでもない。  五席離れているのだが、実際ガヤガヤとした飲食店ならこれぐらい離れていたら、声も聞こえないだろうが、このバーはそんなガヤガヤ感はない。 「お客様、バーボンのお代わりの方は?」  バーテンダーが男に尋ねる。 丁度、男のグラスの中にあるバーボンも無くなっていたので尋ねたのだろう。  それか、バーテンダーがこの男はまだ飲むのを知っていたか、ということになる。 どちらにせよ恋也には関係の無い事だ。 「あぁ、頼むぜ」  男は手馴れているかのように、軽く笑いバーテンダーにもう一杯と告げる。 本当に何ともないただのやりとりなのだ。 どこにでもある、『お代わり』だ。  そう、これが10杯目でなければの話なのだが。  特にどちらかが良い始めたわけでもない。 急にそうなっていた。  もうすぐ五杯目だなと思っていた恋也はふとカウンターの奥の席に座る男を見て、対して酔っているわけでもないという感想を持ち、勝負しようという気にもならなかったのだが、どうしてかその場から去ろうとも思わなかった。 去ってしまったら負け、そう思ったわけでもないのに、その場に居続ける。  そして気が付いたら十杯目なのだ。  ――そろそろ、終るか。
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