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面会時間いっぱいまでいた知哉が病室を出た頃には病院の廊下はすっかり静まり返っており、出口へ向かう知哉の足音が妙に大きく響く。
「あの、すみません」
しんとした廊下の端で、よく通る女性の声に知哉は呼び止められた。
「すみません……高瀬さんにお渡ししたいものがあって」
知哉を呼び止めた女性――朋美――はそう言うと、知哉の前に小さな箱を差し出した。
「これ……直ちゃんが持ってたんです。事故で少しの間意識がなかったそうなんですが、これだけは握って離さなかったって」
朋美から受け取った小箱を開けた知哉が一瞬目を見開いた。
「あの、何でこれを俺に?」
箱の中でシンプルなシルバーの指輪がふたつ仲良く並んでいる。
それを見て、直樹が話したかったことについて知哉は思い至った。
直樹は朋美と一緒になるつもりだったのだ。
自分に送られた指輪なのに、なぜそれを朋美は知哉に渡すのか。
少し強い口調で知哉が尋ねると、朋美はやや目を伏せ気味にぽつりと言葉をこぼした。
「それ……私のじゃないんです。指輪にある刻印、最初イニシャルが同じだったから、てっきり直ちゃんが私のために買ってくれたんだと思ってたんですが……高瀬さん、私とイニシャル同じですよね」
サイズが私には大きすぎるんですと顔を上げた朋美の目元が潤んでいる。
「一応、直ちゃんにも聞いたんですが事故のショックでここ一年くらいの記憶が抜け落ちてて、なのに話すのは高瀬さんのことばっかり……記憶がないのも一時的なものらしいんですけど……」
知哉が直樹に感じた違和感。
「高瀬さん、直ちゃんの側にいてあげてくれませんか? 高瀬さんが側にいた方が直ちゃんの記憶も早く戻るかもしれない」
気丈に告げる朋美の声。
「これ……俺が、受け取っても?」
震える声で尋ねる知哉に朋美が静かに頷く。
性的マイノリティであるがために、本当に好きな相手と結ばれることに知哉はずっと諦めの感情しか抱いていなかった。
たとえ自分の半身とさえ思えるような相手に出会ってもだ。
「俺、何年でも待ちます。たとえ直樹の記憶が一生戻らなくてもずっとあいつの側にいます!」
直樹が事故前に抱いていた想い。
まだ遠くにあるそれが、いつまた知哉の近くに戻ってくるなんてわからない。
それでもずっと直樹の側で待つ、そう知哉は誓った。
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