第1章

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 高瀬知哉(たかせともや)が勤務先のPCの前で決算書のデータ入力をしていた時に、その一報が届いた。  知哉の勤務先は七月が決算月で、経理課に勤める知哉は七月に入ってからというもの定時で帰れない日が続いていた。  そのため携帯に残された留守番電話のメッセージを聞いたのも、もうすぐ夜の九時になろうという時間だった。 『お友達の三好直樹(みよしなおき)さんが交通事故に遭われました。携帯の通話履歴から高瀬さんへ連絡しています。病院は……』  知哉は携帯に残されたメッセージを聞くなり、勤務先を飛び出した。  大通りに出てタクシーを捕まえる。  タクシーの後部座席に乗り込んだ知哉は両膝に肘をつき、組み合わせた両手を額にあてると動揺している心を落ち着かせるように大きく息を吐いた。  知哉と直樹は大学に入ってからの付き合いだ。  趣味や考え方などが合う二人は知り合うとすぐに打ち解け、時にはお互いの一人暮らしの部屋を行き来し、悩みを打ち明けるなど知り合ってからの年数など関係なく、お互いを家族以上に親密な存在として付き合ってきた。  ただ、そんな直樹にも知哉はひとつだけどうしても打ち明けていないことがある。  知哉は直樹のことを親友とはまた違った、特別な意味でずっと見ていた。  同性にしか恋愛感情を持てない知哉にとって直樹は出会ってすぐの頃から親友以上の存在だった。  異性が恋愛対象の直樹に期待はしていない……期待を持たないようにしてきた。  直樹の側にいられるなら、親友でいられるだけで幸せだ。そう知哉は自分に言い聞かせてきたのだ。  一番近くにいるのに決して手の届かない遠い存在、知哉にとって直樹はそんな特別な存在だった。  額にあてた手が微かに震えている。  直樹の容態は大丈夫なのだろうか、意識はあるのだろうか。携帯に残されたメッセージからは事故に遭ったことと、運び込まれた病院の名前しかわからない。 『知哉、実はお前に話があるんだ。今度時間取れるかな』 『うん、いいけど……しばらく忙しくなるから、落ち着いてからでもいいか?』 『――大丈夫。それじゃあ、また連絡する』  数日前、いつになく真剣な口調でかかってきた直樹からの電話。  社会人になってからは学生時代のようにしょっちゅう顔を合わせることはなくなっていたが、こまめに連絡は取り合っていた。
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