温泉旅行(前編)

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特急列車だけは不思議と新幹線に座席が似ている。 新幹線、といっても新幹線の座席をひっくり返して、前向きと後ろ向きになった状態だ。 つまり何が言いたいのかと言うと目の前には見知らぬ他人が居る。 別に居る事が悪いという訳ではないが、俺としては目の前に見知らぬ老夫妻の心配をしてしまう。 何も無ければ良いのにと思ったのも束の間、老夫妻はりとに話しかけた。 不機嫌なりとに話しかけるという事はまず死を覚悟しないといけない。 「どこに行く気なんだい?」 まず口を開いたのはしわがよく目立つ老婆。 しわがあるわりには表情の一つ一つが認識できて、声が高い。 俺は窓の外を見ながら必死に会話を振られないようにしようと心がけている。 悪い人達には見えないが、俺の兄は不機嫌になると手を出してしまうので怖い。 それで警察にお世話になってしまったら、俺はどうすることも出来ない。 「ちょっと、遠出をしようかと思っただけです」 そんな事を思っていれば普段とは全く違う落ち着いた声が隣から聞こえた。 俺は窓際でりとは通路側、俺の目の前に老翁、りとの目の前に老婆が居る。 「遠出は儂らもようやった」 ホホホッと昔を懐かしむように言う老婆にりとは笑みを溢しながら「弟と出かけたことが無かったので、一緒にどうかなと思ったんです」と柔らかく告げた。 多分嘘なんだろう、けれどりとの返答にすれば珍しいので俺は窓からりとの方へと視線を向けていた。 りとがこんな風に話すのを初めてみた俺はどういった気持ちになったのかといえば、それはあまり誰にも知られたくない。 多分自分自身でも知りたくないのだろう。 「それでも良い思い出になるじゃろ」 老婆がそう言った途端にアナウンスが入り、次の駅名を告げる。 老夫妻は荷物をまとめ始めたので次で降りるんだろう。 電車でどこかに向かう時はやっぱり誰かに話し掛けられる。 いやな気分にはならないがその場に自分の知り合いが居た場合、何故か他人への返答にいちいち困ってしまう。 その返答で良いのか、他の人は違うように返答するのか、そんなくだらないことを思ってしまってその辺り俺は口下手な方だろう。
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