温泉旅行(前編)

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やがて電車の速度が落ちてぼんやりとしか見えなかった様々な輪郭はしっかりとした形を出して、そこに何があるのかを示している。 線路があり、駅のホームがあり、人が居る。 さっきまで全てがぼんやりとしか見えなかったので、改めてみてみると凄い速さで走っていたんだなと思い知らされる。 老夫妻は電車を降りて、改札口の方へ歩いて行った。 電車が発車し、暫くお互い無言でいた。 簡単に言うと辛い。 秋で肌寒い時期にまだ冷房な車内に居ることも、無言で目的地まで居るのも両方とも辛い。 中央駅に行くまでに掻いた汗が冷えているんだろう。 正直言って寒い。 脚を組みながら窓の外を見て寒さを紛らわすように腕を擦ってしていれば、赤いカーディガンが膝に掛けられた。 一瞬何が起こったのか理解が出来なくて何度も瞬きをしてると隣から「着とけ」と一言、声がした。 何かの間違いなのだろうかと思っているとそうでもないようで、りとは俺から顔を逸らして再び「着ろ」と言った。 「あ、有難う……御座います」 何故自分の兄に他人行儀なのか自分でもよく分からない。 兄の性格が気分屋だから気分を害さないように他人行儀で接していたからその名残なのか、それとも違う理由があるのか俺には分からない。 車内で次のアナウンスを聞けばりとが立ち上がったので次で降りるんだろう。 りとがドアの方に歩き出し、俺は膝に掛けてあるカーディガンを羽織ってりとの後に続く。 ボストンバックを持ったりとが何がしたいのか、そんな事を考えながらも電車は速度を落とし、アナウンスと同じ名前の駅に着く。 ガタンッ、と電車がブレーキでお決まりのように揺れると何も握っていなく突然だったので俺はりとの腕に抱きつく形になった。 顔面蒼白になるのが自分でも良く分かる。 不機嫌な相手にとるような行動ではないぐらいは分かっているだろう、それでもりとからすればいきなり変な行動をする弟、と思うだろう。 何を言われるのか分かったものじゃない。 「おい……」
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