温泉旅行(中編)

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温泉旅行(中編/1日目) 先に部屋に向かってもらい俺は受付ですべき事を済ませた。 そのまま部屋に向かっても良かったのだが、何となく気まずさを覚える。 「……あ」 1人の女の声が後ろから聞こえたので振り返ってみると、和服を着た20歳ぐらいの髪の長い女が居た。 茶色い髪を後ろで団子結びしており、薄いピンクの和服を身に纏って何故だか頬を少し赤らめていた。 「俺に何か用か?」 恐がらせるつもりは無く、元々口が悪い方なので怯えながら首を振り「さっき、もう1人似たような男の子が居たような気がしただけです」とどこかぎこちない素振りを見せながら答える。 『似たような』なんて言われ慣れたが、昔もよく『似たような子』や『そっくりな男の子』なんて言われた。 それが何だと言う話だが、俺――六条道りとにとっては俺と恋也が兄弟だというのは大事だったりする。 「弟。1つ違いの」 短く告げて俺は女から離れた。 正直苛々はしている。 戸を開いて開口一番に「死んでしまえ」と言い荷物を置き、その場から去る。 俺と恋也の兄弟仲は最悪だ。 口を開けば喧嘩、時には殺し合い、まぁ、俺が一方的に暴行を続けているだけだが。 小さい時から仲は良い方ではなかった。 それでよく母さんに叱られた事も何度かあったのも事実。 その母さんもとっくの昔に交通事故で亡くなってしまったのだけれど。 弟――恋也はと言うと、当然いつもと変わらない無表情で端末を弄り、何も知らないような、俺が気に食わない態度をしている。 そんな恋也を梅の間に残して俺は旅館の外に出る。 12時前ぐらいだろうか、ほのかに太陽が暖かく少しだけ眩しさを感じる。 片目を瞑って顔の前に手をかざし、太陽を一瞬見ては視線を下に逸らす。 辺りは完全に木。 緑と言うより黄色や赤、オレンジが辺りを埋め尽くしていた。 『――こっちにおいで』 どこからか声がした。 小さい女の子のような、高い明るめな声が右耳で響いた。
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