踏み外した階段

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「ちはる先生!その指輪、どうしたの!?」 保健室にいた女子生徒が目ざとく私の左手薬指に輝くものを見つけて、興奮したように声を上げた。 「きゃー!!綺麗!!」 もう一人の女の子までもその指輪に釘付けだ。 「先生、これって………?」 「え?まさか、先生………」 「「結婚するの!?」」 二人ハモった台詞に私は苦笑いだけ返し、否定も肯定もしなかった。 「はいはい、元気になったのなら教室戻りましょうね?」 ブツブツ文句を言う女の子二人を保健室から追い出すと、私は窓際の自分の椅子に腰を下ろし机に手を置いた。 大学卒業後、養護教諭としてここの高校で働くようになって5年。 日々の仕事は大変な時もあるけど、やりがいもあるし楽しい。 窓から差し込む光を受けて、尚更に輝きを増すリングは当然、エンゲージリング。 もうすぐ付き合って1年になる彼は私より2つ年上。 一流企業に勤めていて、イケメンで背も高くてスタイルも良くて。 それでいて、優しくてたち振る舞いもスマートな、大人の男性。 そんな彼から昨日の彼の誕生日にプロポーズされた。 『月並みだけど………結婚しよう』 はにかみながら手渡されたカルティエのリングはまるで確約された幸せな未来。 私の人生はまさに順風満帆。 見上げた窓の外には真っ青な空。 保健室の向こう側に植えられたケヤキは新芽を出し始め、太陽の光を受けキラキラと翡翠のような柔らかい透明感を見せていた。 そう私の人生、これからも安泰。 私は誰よりも幸せになるんだから──── ガラガラガラ………。 保健室のドアが開き、私は空からそちらへと視線を移した。 そこに現れた男子生徒を捕え、一瞬目を瞠るも、私はいつものように笑顔を浮かべた。 でも彼は私をジッと見つめ、なかなか入ってこようとはしない。 訝しげに思い、彼の名前を呼んだ。 「どうしたの?松本君」 ここにやってくる生徒は病気か怪我をしているのが前提だけど、彼は暇さえあれば元気な顔を見せにここまで来てくれる。 それなのに、今の彼の顔は外とは真逆の曇り顔だった。
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