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柔らかそうな癖っ毛の前髪の間からジッと私を見つめる2年生の松本君。
いつもと雰囲気の違う松本君に胸の奥がざわついた。
「………松本君?」
再度呼びかければ、松本君は後ろ手に保健室の扉を閉めた。
そしてツカツカと私の机の前までやってきて────私の左手を掴んだ。
突然のことに驚いて手を引くも、松本君は更にギュッと私の手を掴み振り払うことはできなかった。
「ど、どうしたの………?」
松本君の視線はジッとそこに注がれていた。
────私の薬指で輝くエンゲージリングに。
「………先生………」
消えそうな声で松本君はそう呟き、視線を私に移した。
「先生………結婚、するの?」
悲しげに眉を顰めた松本君の顔は今にも泣きだしそうで。
予測していた言葉ではあったけど、私は思わず息を飲んだ。
「ねぇ………先生………」
私の左手を掴んでいた手に力が入る。
食い入るように私を見つめる松本君に、何も言えずに視線を逸らした。
私は松本君と仲良くなったきっかけのあのシーンを心の中で思い出していた。
階段を踏み外した私をすれ違いざまに受け止めてくれたのは去年の今頃。
あの時は松本君は1年生だった。
ふわりと漂ったのはブランドの香水とかではなくお日様の香りがした。
中学を卒業したてのまだ華奢な体付き。
それでも私を受け止めてくれた発展途上中のその腕は思いのほか力強く、まだまだ彼の伸びしろを感じさせていた。
そう、あの時から………私は………松本君のことが……。
私の手を掴んでいない方の手をトンと机に付き、松本君は黙りこんだ私を覗き込むように身をかがめた。
「ちゃんと答えてよ、先生………!」
私はスッと視線を上げ、松本君を見つめた。
そして、養護教諭らしい優しい微笑みを顔に張り付け、頷いた。
「そうよ。
私、結婚、するの」
「…………!」
途端に顔を歪めた松本君。
私は無理矢理作った笑顔から出る声が震えないよう………精一杯強がった。
「そりゃ俺はまだガキで………今はこんな高そうな指輪なんて買えないけど。
でも………俺は………!
こんなに先生のこと………好きなのに………!!!」
悔しそうに顔を顰める松本君に、胸が張り裂けそうで。
なんとか涙が零れないよう気丈に振る舞うことに努めるのに必死だった。
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