踏み外した階段

4/4
前へ
/5ページ
次へ
松本君は力なく顔を伏せた。 「先生も俺のこと好きだって思ってた………。  俺の気のせいだった………?」 ───そんなことない! 私も松本君のこと、大好きだよ………!! ………って叫べたらどんなに楽なんだろう。 あの頃より高くなった頭の位置、あの頃より逞しくなった腕、あの頃より広くなったその胸に……… ───飛び込めたらどんなに幸せなんだろう………。 「松本君の年なら、身近な大人の女性に憧れることなんてよくあることよ?  ………そんなの一時の気の迷いなのよ」 そうきっと、気の迷い───お互いに。 私の言葉に松本君は傷ついた顔をして保健室を出て行った。 その後姿を見届けて、私は机に顔を伏せた。 君にはまだ未来がある。 それは明るく広く、未知なるもの。 そうあのケヤキの若葉のように、柔くキラキラと輝く君を私なんかが摘み取るなんてできない。 教師と生徒。 10歳もの年の差。 私と君を阻むものは大き過ぎる。 あの人と付き合い始めたのも結婚を決めたのも、松本君への想いを止めるため。 でもちゃんとあの人の事は愛してる。 「………2番目に好きな人と結婚する方が幸せ、なんだよ」 溢れそうになる涙をグッと堪える。 私が泣くなんて許されるはずもなく、ただ風に揺れるケヤキの枝を見上げた。 階段を踏み外した先にあるのは、イバラの道。 共に手を取りその先へと踏み出す勇気がなかったのは私。 「………松本君、ごめんなさい………」 あの時階段を踏み外しさえしなければ、君を傷つけることはなかったのに。 君も私も───叶わぬ恋に焦がれるのはもう………終わり。 私は左手薬指で輝くその指輪をそっと撫でた。 【終わり】
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

162人が本棚に入れています
本棚に追加