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松本君は力なく顔を伏せた。
「先生も俺のこと好きだって思ってた………。
俺の気のせいだった………?」
───そんなことない!
私も松本君のこと、大好きだよ………!!
………って叫べたらどんなに楽なんだろう。
あの頃より高くなった頭の位置、あの頃より逞しくなった腕、あの頃より広くなったその胸に………
───飛び込めたらどんなに幸せなんだろう………。
「松本君の年なら、身近な大人の女性に憧れることなんてよくあることよ?
………そんなの一時の気の迷いなのよ」
そうきっと、気の迷い───お互いに。
私の言葉に松本君は傷ついた顔をして保健室を出て行った。
その後姿を見届けて、私は机に顔を伏せた。
君にはまだ未来がある。
それは明るく広く、未知なるもの。
そうあのケヤキの若葉のように、柔くキラキラと輝く君を私なんかが摘み取るなんてできない。
教師と生徒。
10歳もの年の差。
私と君を阻むものは大き過ぎる。
あの人と付き合い始めたのも結婚を決めたのも、松本君への想いを止めるため。
でもちゃんとあの人の事は愛してる。
「………2番目に好きな人と結婚する方が幸せ、なんだよ」
溢れそうになる涙をグッと堪える。
私が泣くなんて許されるはずもなく、ただ風に揺れるケヤキの枝を見上げた。
階段を踏み外した先にあるのは、イバラの道。
共に手を取りその先へと踏み出す勇気がなかったのは私。
「………松本君、ごめんなさい………」
あの時階段を踏み外しさえしなければ、君を傷つけることはなかったのに。
君も私も───叶わぬ恋に焦がれるのはもう………終わり。
私は左手薬指で輝くその指輪をそっと撫でた。
【終わり】
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