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◆第二章◆
その日から、私は御主人様の屋敷で侍女として働く事になりました。
大きな屋敷でございましたが、侍女は私一人でした。何でも、前の侍女が先の空襲でお亡くなりになり、新しい侍女を探していたとのことでした。その白羽の矢が私に刺さったのです。
屋敷は広く、盲目の私が屋敷内を把握することは大変な苦労でした。しかし、住み込みの仕事で屋敷外に出ることが全く無かった為、数日で屋敷全体の構造を把握することが出来ました。火種の場所をしっかりと把握し、料理をするための火の取り扱いをしっかりと定めて防火対策を済ませ、私は料理と屋敷の管理に勤しみました。元来の潔癖症による清掃品質と家族から頂いた料理の腕は、御主人様が求める以上の業務品質を提供するまでに至り、御主人様は大変喜んでおりました。御主人様が求める私の在るべき姿に成れていることが、私は大変嬉しゅうございました。
屋敷での仕事に慣れた頃の話です。
その日は、御主人様と食事を共にすることになりました。いつもでしたら、私は厨房で賄い食を食べております。御主人様から「今日は食堂で一緒に食事をしよう。私と同じ食事を食堂に用意しなさい」と話がありました。
初めてのことでしたので驚きましたが、その言葉には優しさがありましたので仰るままに、二人分の食事を用意し食堂へと持って参りました。
御主人様が座るいつもの席に食事を並べました。
すでにご着席されていた御主人様は仰いました。
「対面の席で食べなさい」
私は従い、対面にある席に私用の食事を並べました。
テーブルは縦長の構造となっており、私と御主人様の間は五メートル程離れています。
食事が始まりました。
私はどのように食すれば良いのか勝手が分りませんでした。食事作法を知りませんでしたので、気を遣いつついつものように食事を取りました。
その様子を見ているのか、御主人様は満足げな声音で仰いました。
「君は、どうやって料理の腕を身につけたんだい?」
私は事の経緯をお話しました。
御主人様は言葉を発さず、黙々と私の話に耳を傾けて下さいました。
「大変な思いをしてきたのだね。哀憐の情を抱くよ」
私はその言葉を頂戴しただけで満足でした。この屋敷は生活に困らず暴力もなく清潔で素晴らしい場所でした。料理の食材は素晴らしく、料理をする愉しみを深く味わうことが出来ました。とても幸せなことでした。
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