第1章

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この世界に地獄と天国があるのなら、それは高卒と中卒の違いだろう。俺はいつものジャージを着てバス停のベンチに座っていた。勤め先の工場までいつもはバスを使うことはないけれど、今日は愛用の自転車がパンクしていたことが、俺の気分を最悪にしていた。さらに言うなら隣に座るおばさんの鼻息がさっきからうるさい。 「あら、おたく、いくつ? 高校行ってるの?」 聞き慣れたセリフに、俺は顔をしかめた。眉間にしわを寄せて不機嫌な表情しているけれど、おせっかいなおばさんは気づかない。 「行ってないっす」 と俺は答えた。まぁと答えたおばさんの目つきが少し変わる。まるで、クモの糸を天国から地獄に垂らす神様みたいに上から目線で見下ろすような冷めた視線に変わり、調度よくバスが停車して、ドアを開けた。話しかけたおばさんが、それじゃあねと愛想笑いを浮かべてバスに乗り込んでいく。 仮に、空からクモの糸が降りてきても俺はきっとクモの糸をとったりはしないだろう。最初から切れるとわかる糸を握って落ちるくらいなら、最初から地獄に落ちたほうがマシだ。 世の中は働く者はすばらしいという風潮があるけれど、中卒と高卒では待遇が大きく違う。さっきのおばさんの表情が見下すように感じたにも間違いじゃない。 「中卒の何が悪いんだよ。学校みたいなクソの集まりに押し込まれてるほうが気分が悪いぜ」 ポケットから取り出したアメ玉をピンってと弾いて口に放り込む。口の中でゴロゴロと溶かしていく。鬱屈とした中学時代から、高校に行くことにどれだけ意味のあるのだろう。高卒というだけで頭、空っぽのアホなんてたくさんいるんだったら、俺なんてまだマシだ。現実ってやつはアメ玉のように甘くはならない。 トンッと隣に誰か座った。女の子だった。たぶん、中学生、人一人ぶんのスペースを開けて座った女の子はゴソゴソと鞄を漁る。どうせ、スマートフォンか何か使うんだろと俺はバス停の予定表を眺めた。きっと、こんな子は夏の思い出とか、恋人同士の秘密みたいな青春を謳歌するんだろ、最後にキスしよってな。ケッ、 「ケッ?」 「ケッコー、ケッコー、コケコッコーン指輪なんって」 「………」 中学生はじーっとを俺を見つめた。タラタラタラと汗が流れ出した。マズい、俺、ストーカーとか思われたかもしれない。死ぬ。ニコッと中学生が笑った。天使みたいに可愛い笑顔だが、中身は悪魔だ。
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