とある刑事の独白

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私は長い間、刑事をしてきた。 昇級試験や上に上がらないかなどと権力をかざすチャンスをくれた上司もいた。 けど、私は興味がなかった。 現場しか興味がなかったから。 今回の事件はあっさりと解決しそうだ。 同僚が安堵交じりに言葉を吐いていた。 現場にいた女が〝自分が殺した〟 と自供したのだ。 私は違う、と思った。 女は硝子玉のような瞳で私たちを見た。 私は入って女と目が合った瞬間、哀れな女だと感じた。 何の因果で殺人現場に居合わせたのか。 〝私が殺しました〟 か細い声。女の声は捜査員の出す雑音に掻き消されかけた。 彼らは女の言葉が耳に入りその意味が頭に浸透したあとに今度はそれ以上に騒めきはじめた。 女は作られた笑みで嘘を吐く。 罪の意識の欠片もない顔で偽りの言葉を吐き出し続けている。 今でもそう。 事情聴取の中で女は何度か錯乱状態に陥ったらしい、 激しく奇声をあげたり、捜査員を嘲笑ったり。 精神がやられてる。 女はそれをイメージさせたかったのか。 いや、彼女は本当に狂っていたのだ。 奇声をあげる部分が必ず、被害者のことを捜査員がしゃべるときだけ。 女は知らなかったのだろう。 自分を振った男がたった一人の女のために精神を病んでいたことに。 その女があっさりと男を振って自分の幼なじみとくっついたことに。 〝コロシテヤル! コロシテヤル! コロシテヤル! コロシテヤル!〟 目を血走らせ、暴れだす女。 机上のものを全部振り落としたそうだ。 〝ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〟 私が最後に女を見たときに彼女は頭を抱え叫んでいた。 捜査員はどうしたらいいのか戸惑っていた。 どんなに宥めすかしても女の奇声と悲鳴は鳴り止まなかった。 それから。 数日後、ありきたりな結末を女は迎えた。 留置場の中で女が死んでいた。 死因は窒息。 死に方はあえて説明はしない。 ただ、最後にひとつ。 悲劇を演じきれなかった女に相応しい結末だったということは記しておこう。 物語もここで終わらせよう。 これ以上語ることなどないのだから。 私は少し眠るとしよう。 次の語り部としての出番があるまで。
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