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プロローグ
潮騒の、唄が聴こえる。
ふと気が付いた昏い世界。全身に幾重にも、ぎしりと絡みつく鎖。
最強の獣――その血を浴びた英雄の体に、生きる力を奪う棘が食い込む。
それでも死滅へ向かうことはない。しかし身動き一つも起こしはしない。
男に問われる全ての責苦を、「束縛」したまま坐し続ける。
在りし日の潮騒を、男自身も知ることのないまま、身の内に棲む誰かに伝えて。
少年は、うっすら目を開けたまま呟いていた。
「――……何で……母、さん――……?」
到底、間に合うことはない。今もずっと聴こえ続ける、在りし日の潮騒の唄。
それがやがて鳴り止んでいく、「解放」の時の到来。
「声」は言葉の一部に過ぎず、「言葉」は声の結果に過ぎない。
しかし両者は本来、切り離しもできない。
互いに巣食う有意味な抜け殻を通して。
声を呑んだ少年はようやく、その英雄……言葉を呑んだ化け物の男と邂逅を果たす――
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