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世界の秒針がピタリと止まったようだった。
そして愚かな俺は――しまったぁッ! と彼女に手を差し出して深く頭を下げたあとにようやく気づいたんだ。
まず、『結婚』だなんて重苦しいワードを出した時点で死亡確定! しかも勢いに任せて叫んだけど、よく考えたら付き合うとは、俺と小豆さんが? ……ちゃんちゃらおかしいとはこのことだ。
「友達になってください」の間違いだろ! 俺のばかばかばか! ついでに祖父ちゃんのばか。
けれどそれも後の祭り。無理だと分かっていても祈るような想いで彼女の返事を待つしかない。
それはそれは、息も詰まるほどの長い時間だった。
やがて、その重苦しい時間が、ふっ、と解き放たれたかと思うと、頭上に彼女の声が聞こえてきたんだ。
「保留……でもいいかな」
空耳、か? 顔を上げた俺は素っ頓狂な顔で彼女を見つめる。
「……わたしも実はニコルくんと話したいと思ってたんだ。でも突然のことだったから、その、お付き合いのこと……保留にしたいの」
そう言って彼女は照れたように顔を伏せたんだ。
俺はとりあえず頷いた。壊れかけのロボットのように「ガクン」と頷いた。けど、保留……? ほりゅうって、どうゆーこと……?――
「あと、わたしお店辞めないよ? シロップ大好きだから」
「ええっ!? だってさっき」
「ゴメンなさい。あれは……」
どうやら俺に《保留の理由》を詳しく聞く時間はなさそうだ。そして彼女の話によると、数時間前のあれはマスターの差し金だという事実が判明した。
「――こまめちゃんが店辞めるって言うたら、アイツどんなリアクションとるんやろなー。めっちゃオモロイんやろなーあー見てみたい。……こまめちゃん、ひとつおねがいが――」
つまり冗談だった。
いたいけな少年の心をなんと心得ているんだあの人ッ!
……まあ奥手な俺への、マスターなりのフォローだったと今ではそう信じてるよ。
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