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四
夜風がひんやり心地よくなってきた。ようやく熱っぽさも引いてきたんだろう。時折混ざった潮の香りが鼻腔をくすぐる。
彼女は今、どんな気持ちで家路へとついているんだろうか。俺と同じ気持ちだといいな、と僭越ながら考えてしまう。
ふと、走りながら横目で海を見る。それから保留、と声に出してみる。
どうして彼女が俺なんかと話をしたいと思ったのか。保留ということは可能性を与えてくれた、という意味として、素直に受け取って良いのか。
アクセルを素早くひねると、ぶるん、と相棒だけが答えてくれた気がした。
やっぱり分からない。でも、少しだけ前向きに考えてみようと思う。名前だけ無駄に派手で何の取り柄もない俺だけど、夢を見るくらいは神様だって許してくれるはずだから。
海岸通りを外れ、いかにも地元の人間しか知らない細道に入っていく。左手に見慣れた建物が見えてきた。小さな駄菓子屋。小学生の頃、母から貰ったお小遣いを持って家を飛び出し、よく兄とあそこまでかけっこをしたもんさ。
兄はいつも俺の前を走り、ときには後ろを向いてからかう素振りまで見せた。余裕の表情でゴールへと走る兄の背中を、いつだって俺は追いかけていた。
あの頃は、兄さんに勝ちたくて仕方がなかった。なにをやっても完璧な兄に憧れ、そしていつしかそんな兄に勝ちたいと思うようになった。そのフィールドは何なのか、そればかり探求していた気がする。
懐かしい気分になり、駄菓子屋の前で相棒を止める。備え付けの古い自動販売機で缶コーヒーを買って飲みながら、なんとなく夜空を見上げてみる。
すると偶然にも目撃してしまったんだ。瞬く珠玉の星空からキラリと落ちていく一筋の光を。
神様、と柄にもなく祈ってたよ。
この恋がとろけるような甘い恋になりますように、と俺は願っていたんだ。
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