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二
それはひどく暑苦しい夜に突如起きた。
そのとき俺は、仰向けの状態で花柄のブックカバーのかかった小説を読んでいた。いや正確には読むふりをしながら、涼しくなれ、涼しくなれと、念仏のように唸り、ベッドの上をごろごろと転がっていた、といったほうが正しいだろう。
「こんな熱帯夜に……」
もはや独り言をぼやく始末だった。
ミスタータフネスこと、ラクダでもひからびてしまうようなこのクソ暑い夜に、意味もなく携帯電話を触ってしまうどうしようもなくさびしい夜に、どうしてタイミングよくクーラーが壊れてしまうの? なぜに業者は、どこも居留守を使うの?
近代文明の結晶が吐き出す生ぬるい風を浴びながら、俺は悟った。
俺の人生、いつもこうだ。いざというときに大抵、災いが身に振りかかるようになっているのだ。そう思うようにすれば少しは気持ちも楽に……ならなかった。
ゾンビのような状態のまま、目だけをドアの向こうへ馳せる。きっと兄さんの部屋は涼しいんだろうな。
思いながらも、行く気にはなれかった。さっきトイレに行こうと兄の部屋の前を通りかかったとき、楽しそうな話し声が中から聞こえてきたからね。おそらく大学のサークルで知り合ったという新しい恋人と電話でもしているんでしょうね!
そういったわけで、人工蒸し風呂による『朝まで灼熱地獄』が決定しました。嗚呼、こんな日はなにも考えずにさっさと寝てしまおうか……と茶縁の眼鏡を外し、ベッド横のサイドテーブルに積んである推理小説の山頂に置いたときだった。
――突然、電話のベルが鳴り始めたんだ。
俺は眉をひそめながら眼鏡を掛け直し、枕元の携帯電話へ手を伸ばした。こんな時間に誰だ? 大方「ブンさん」あたりからだろうと予想しながら、勢いよく開いた携帯の画面を見て、今度は顔をしかめた。
『小豆あずみ』
となっている。ん……? ど、ど、どういうこと? 否! パニックになっている場合じゃない。とにかく電話に出なければ!
震える指で通話ボタンを押す。
「緊急事態ですか!」
『えっ?』
電話の向こうで動揺している小豆さんの姿が目に浮かぶ。ごめんなさい!
「い、いえ何でもありません。こんばんは」
『あ……こんばんは。今大丈夫、かな?』
「ええ、もちろん大丈夫です」
もちろんは余計だった。必要以上にテンションの上がった自分を恨む。
『あのねニコルくん、明日なにか予定ある、かな?』
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