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まもなくカランカラン、という喫茶店ならではのカウベル音と共に、俺の耳に染み込んできたのは馴染みのある名曲だった。
ギルバートオサリバン《Alone Again》。
思わず身を委ねたね。その美しいメロディに瞳を閉じてしまいそうになるくらい……。いや、実際閉じていたと思う。
目を開けたあと、俺に対するマスターと他のお客さんの侮蔑な視線が物凄く痛かったから。
でも、彼女だけは違ったんだ。
おそらく一分ほどその場に目を閉じて佇んでいた俺に、こう声をかけてくれたんだ。
――いらっしゃいませ。
今、「普通じゃねーかよ」とか思っただろ。ノンノン、普通の言葉も声や表情やその人の持ったオーラみたいなものでキラキラ光って特別に聞こえるんだから。本当だよ?
もう、さきほどのオサリバンの曲がかすんで聴こえるほどの美声で自然と瞼が開いたよ。自分の目を疑ったよ。雷に打たれたような衝撃とは、まさにこのことを言うんだろうね。
春の木漏れ日のような笑顔を浮かべる、彼女がそこにいたんだ。
色素の薄い艶やかな長い髪を低い位置で二つに結っていて、瞳は……、肌は透きとおるように白く、俗に言う東北美人のようにおしとやかで大人っぽい印象だった。
すらっと長い手脚、女性にしたら背は高いほうだろうか。胸元に《Syrup》の刺繍が入ったオレンジ色のエプロンを着ている。瞳は……あんまり直視できなかったけど、おそらく色素薄いです、はい。
そして呆然と立ち尽くす俺を、さらさらと流れる小川のような自然さで、席まで導いたんだ。
――ご注文はいががなさいますか?
この人から出されたものなら何でも食べよう。そう瞬間的に思うより速く「お任せします」と返事をしていた。
このときすでに、俺は彼女に恋をしていたんだと思う。理屈じゃない。彼女に出逢うべくして出逢ったのだと感じたんだ。
そう、前世やどこかで逢ったことがあるのではないかと感じるほど、《運命的》な出逢いだった。
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