第1章

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武も鉄棒から落ちる。 学内でまことしやかに語られることになった幸宏の怪我は肩の脱臼と腕の骨折だった。肋骨もあるいは一本や二本はひびが入っていたかもしれない、つまり骨のあちこちに重症を負った。 鉄棒から落ちた直後にショック症状を起こして倒れ、骨接ぎで外れた肩を元に戻す時、今度はあまりの痛さに失神した。 全治はほぼ一ヶ月。 困ったことに利き腕から落ちたので、書き物ができず、板書もままならない。 それ以前に寝返りも満足に打てない骨の負傷は彼から明敏な思考能力をしばしの間奪った。 「骨がくっつくまで出てこなくてよろしい。早めの夏休みを取りたまえ」 柊山は嘆息の元宣告し、幸宏は悄然として受け止めるだけだった。 何たるざまだ。 講師一年目にしてろくに講義もこなせていないのに禁足の後、怪我で療養だ。 こんなことで首がつながるんだろうか。 三角巾でぶらさがった右手はぶらんぶらんとして感覚にとぼしく、肩の自由が失われた今、自分の身体の感覚がない。 もう……いいや。 どうでもいいや。 立ち寄った総務で満足に文字が書けない右手で書類を書くのをあきらめ、さらに文字の形になっていない文字しか書けない左手で所定の欄では足りずはみだしまくった書面をもって休暇届を提出し、幸宏は学校を後にした。
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