1970年・秋 1

2/2
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
これは何の罪なのだろうか。  夢うつつの中、彼女は反芻する。  目覚めたと思ったら、意識は後ろ髪を引かれるように右へ左へと振り回される。  今がいつなのかも分からない。  けれど、大きく膨れた腹を抱えて仰臥する自分は間違いなく死ぬ。  この腹は、私に下された罪が孕んだ子。  私を食いものにして私といっしょに死んでゆく―― 「母さん」  明瞭な声が耳元に届く。  目を開けた先にいるのは、息子の姿。  こちらを気遣わしげに見る彼は、今年高校に入ったばかり。なりが大きいので落ち着いて見られるけれど、まだまだ若い、そして――彼は父親に本当によく似ている。  一瞬、あの人が来たのかと思った程だ。 「私、寝ていたのかしら」  彼女、高遠茉莉花は息子の慎一郎に言う。 「うん、うつらうつらしていたようだけど。気分はどう」 「今は何時」 「夕方――五時を回ったところ」 「お布団、取り込んでくれた? 都は?」 「え? ……ああ、いつの話の……」 「あら、私、慎一郎君にお願いしたでしょう、あの子……」  言いかけて、茉莉花の意識は、巡らせた頭とくるりと白目をむいた方向へ飛んでしまう。  再び眠りにつく前に茉莉花は言った。 「今がいつで何なのか、よくわからないわ」  きっと、今のやりとりも覚えていないのだろう――。  慎一郎は口元をきゅっと結び、針の穴が点々とかさぶたを作り、青黒く黄色く変色した母の腕を見る。  会話が成立しなくなっている。  父さん、早く来てくれ。彼は思う。  薬でどんどん変わっていく母さんを、ひとりで見守るのは辛い、こわいんだ、と。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!