初恋の終わり

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 搭乗した便と行き先、時間、名前などを可能な限り覚えて接客した。人と接するのは好きだったから、求職中に飛びついた仕事は結果的に当たりだった。  が、ある日の出会いは、自分の選択を後悔させた。  地方から羽田へ戻る便の乗務だった。  心臓が凍りつくかと思った。  数多の乗客の中で、そこだけスポットライトが当たっているように浮かび上がる。  「ようこそ」と掛ける声が滑稽なくらい裏返っていた。  仕立ての良さが際立つ最新型のスーツが長身にとても似合っていた。タラップを上がり、一瞬、合った視線と相手の表情は忘れられない。  何の感情も表さず、表情を崩さずに脇を擦り抜けた人に、心の中で呼びかけた。 ――慎さん――  生きて、いたのだと思った。  戦前に別れた頃より、数倍も男らしくなって素敵になっていた。  そして、みぞおちに鋭く針が突き刺さるような痛みを覚える。  左の薬指に光る金の指輪は既婚者の証。  敗戦から数えても、五年……六年? 会わなかった期間はもっとだ。  一番人生が変わる若者の時の空白は、それこそ浦島太郎が故郷へ戻って感じるわびしさに似ているだろう。  私も、自分の時を生きなければ。  最後に別れてから今日まで。  会いに来てもくれなかった事で答えは出ているではないか。  私の恋は、終わったのだ、と理解した。
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