第1章

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■ 塾の先生は若い頃に、リュック一つで世界中のあちこちを巡ったんだって。 リュックって言ったって私たちが使ってるようなものとは違うんだろうけど。 先生は簡単な言葉に置き換えて話してる。 小学生には難しいだろうって思ってるんだ。 先生の中で、言葉が口から出る前に噛み砕かれている。 私、平気だよ。 授業の余談で分からない言葉があったら、いつも聞きに行くし、家でもこっそり調べてるもん。 とくに、先生の子供の頃の話や、先生になる前の話が好き。 でも 学生時代からの彼女がいるなんて一度も言わなかったね。 ノアの方舟やノルウェーの波の話も、同い年の彼女になら、そのまま通じるよね。 『お前らの受験が終わったら式を挙げる』 だなんて。 大事な人を待たせてる事さえ、嬉しそうに。 想いを振り払うように勉強に集中して私は合格した。 おめでとう、と涙目で頭を撫でてくれたね。髪をクシャクシャにする荒っぽいものだったけど。 『やったなあ、お前。本気出したらお前はいけるって思ってたんだよ俺』 先生は、普段『俺』なんだ。 そんなことを嬉しいって思う。こんな時でも。これが辛くて、志望校を遠い私立に変更したんだ。 次は、私が『おめでとう』って言うんだ……。 多分、言える。 先生、私はずっと本気、だったよ。
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