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春に入ったというのに、江戸八丁堀には淡雪が降っていた。
代々与力として奉公している春野家は、数年前に立て続けに両親が死に、長男の良信(よしのぶ)が家督を継いでいた。
良信はそれは立派で、大手柄をあげたという大祖父の生まれ変わりだと言われるほどだ。
次男は流行り病で若くして倒れ、三男は跡継ぎの居ない与力家に婿養子に出された。
そして末の四男、良貴(よしたか)は生来病弱であった。
「はぁ……、今朝はやけに寒い」
良貴は長男夫婦の邪魔は出来ないからと、小さな離れに住んでいる。
それよりも、何より母屋は息苦しいのだ。
武家の四男、冷飯食い、おまけに病弱で小銭稼ぎも出来ない。
いっそのこと、生まれて来なければどれだけ楽なことか。
そう思いながら良貴は二十五年もの歳月を過ごしてきた。
「淡雪か……」
良貴は布団から出ると、障子を開けて庭を眺める。
身震いをすると、良貴は火鉢の前で丸くなった。
それから廊下に何か置かれる音が聞こえると、良貴は部屋から顔を出す。
そこには朝餉が置いてあった。
「温かい味噌汁だ」
父が死んでからこれまで、良貴は一人で食事を離れでとっていた。
家の者に嫌われているのではなく、良貴自身がそう申し付けているのだ。
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