1970年・秋 2

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「茉莉花の具合はどうだ」  病室に入るなり、父は息子に、彼へのねぎらいや日々のあれこれを聞くより早く母の安否を聞いた。  まあ、いつものことだから、と慎一郎は内心でひとりごと。 「ずっと寝てる。時々、目を覚ますようだけど、ほんの数分でまた眠ってしまうよ」  さっきはまるで話題に上ったことのない布団干しや都――猫――がどうのこうのと。  意識混濁が始まっているのだと聞かされても、うちの母だけは違うと思えてしまって簡単に受け入れられない。 「そうか」  短く言った父は腕時計を見る。 「もう面会時間は終わっている。慎一郎君は家へ帰りなさい。後は私が看ているから」  付添は女性のみ、身内であっても男性は不可の病院の規則を曲げて頼んで、男所帯のふたりの逗留は認められているが、子供である慎一郎の泊まり込みは、当然歓迎されていない。  今日は病室が変わった。  入院してから、短いスパンで病室が変わっている。  今はナースステーションに二番目に近い部屋。緊急度の高い病人ほど看護婦が出やすいところに集められる。母の具合は相当悪い。  モルヒネの投与が始まったということは待つのが死だけになったと、回復の見込みは薄いということ。  来ないかも知れない明日なら、少しでも長く母の側にいたい。 「大丈夫」  息子の心中などお見通しというように父は言う。 「今日は自宅でゆっくりおやすみ。明日は土曜だから、いつもより長く見舞えるのだから」
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