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「彼に言われたの、君は本当の彼を知らない。学校を辞める挨拶もしないままでいいのか、礼儀知らずにも程があるって」
「あいつ」
首を振る。
「僕は表も裏も本当も嘘もないよ。君が見たまま感じたままが武幸宏だ」
「けれど、語られなければわからないこともあるでしょう? 君は知る権利があるって」
「そんなご立派なものじゃないけど」
少し、身を動かして見た、襖の向こうを。
彼女も彼の視線を追っている。
「僕の真実を知りたいと、君、言ったよね」
こくり、首を縦に振る。
「今も知りたい?」
「……」
幸子は沈黙をもって答えた。意図するところは肯定だ。
慣れない左手で湯飲みを持って時間をかけて喉を潤した後に幸宏は語り出した。
「妙な噂の裏付けにされたけれど、ここに越してきたのは別の訳がある。僕は割と神経質でね、集合住宅ならではの生活が苦手だった。だってさ、青山の住人はね、一応、社会的に地位のある名士と呼ばれる人ばかりでね、ヒエラルキーの頂点に立つと自認してる輩なわけさ。そんな彼らと階段ですれ違うのがどんどんわずらわしくなった。
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