【9】半分の嘘と幸宏の真実

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「『本の守人』――」 幸宏は顔を上げた。 「聞いたことがあるの。戦中、託された本を全て引き受けている人がいるって。――あなたのことだったのね」 「僕かもしれない、違う人かもしれない。でも、彼らは出征前にこれを僕に渡して行ったよ。――ねえ、幸子」 武は書籍をひとつひとつ眺める彼女に名前で語りかけた。 「僕、以前は医者を目指していたんだよ。一家そろって医者揃いだったら僕もって思うのが自然だろ。けどそれはやめた。僕はたまたま生き残れた。でも、生き死にの線引きなんて曖昧なものだ。見送るだけの僕には、生き残った役割がある。皆、本当は戦争に行きたくなかったはずだ。だって本に託す何かが必ずあった人達ばかりだから。けど、時勢は個人の意志を表に出すを良しとしていなかった。彼らが成し遂げられなかった思いを受け継いで次の世代に託したい。このままだとまるで彼らの遺言か墓標の固まり、墓場みたいだろう? でも、本は智の泉なんだ。形代であってはならないんだよ」 一息にまくし立て、ほう、と息を継ぐ。 「だから、僕は教職を選んだ。小さい子供に接する自信も忍耐もないから、大人に近い世代の青年を相手に教える。人を育てる。たくさんの人に関わって、友人たちの思いを伝えたい、引き継いでくれる人に出会いたい。だから出世するよ、高みを目指す」 「どうして……」 幸子は咳払いをしながら言う。 「私にその話を?」 「君なら、この本の重みがわかると思ったから。だって、たかが紙の束。上に文字が印刷されて綴じられているだけの。他の人からしたら何の役に立つかわからないシロモノ……ただの紙くずだ。これが僕の真実。下らないだろ」 「本気でそう思ってる? 心にもないこと言って自分を傷付けないで」 彼女はささやいた。耳に快い、やさしい声音で。
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