4人が本棚に入れています
本棚に追加
「言葉って不自由なものね。単純に『わかる』と言って、私の思いがあなたに伝わるのかしら。でも……不自由だから人は解り合いたいと願うの。この本はあなたが大切にしている、中心の存在。私も同じ立場だったら守ったと思う。だってどれも重いもの。担うのも引き受けるのも辛い。だけど、あなたはどれも捨てられない人なんだわ」
幸宏は大きく頷いた。
「ありがとう」
何故か鼻の奥がつんとして、感極まった。
「これが本当のあなたなのね。……私に、見せてくれてありがとう」
目を上げた先には幸子がいた。
「今度は私の番ね」
首を傾げ、一度言葉を飲み込んだ後、彼女は続けた。肩に力が入っていて、強張っているのがわかって。
幸宏はただ待った。
「私にも、……あなたに伝えてないことがある。武君にだけは知られたくなくて黙っていたの。多分、学校内で知らないのは武君だけかもしれない」
「慎君は知ってる?」
「ええ……行きがかり上、知られてしまった」
「……妬けるな」
彼女の眉間に皺が刻まれ、当惑の色が浮かぶ。
「仲間はずれはないよ」
「ごめんなさい、でも……」
「聞くよ」
幸宏は静かに言った。
「人にはどうしても口外できないこともあるよね。それこそ墓に持っていくようなこと。時が満たなければ無理にしゃべらなくてもいいんだ。もちろん、今も。だけどね、思うんだよ。僕は、学校で君と出会って、過ごして、僕が知った君だけで充分なんだ。だってさ、僕が登場しない過去の話は未来に必要ないじゃない?」
空気を和ませたくて、わざとおどけて言った。
彼女には彼の意図はもちろん伝わっていた。
肩がほう、っと落ちたからだ。
「ま、しょってるのね」返す言葉が弾む。
「しょってる?」
「そう。まるで舞台の中央に立つのは自分で、その他は関係ないと言ってるみたい」
「もちろん。でも……嫌な奴かな」
「ううん。あなたらしい」
このやりとりは、少し前まで普通に行われた、幸宏と幸子のコントだ。
いつまでもじゃれるように掛け合っていたい。けれど、それはいつでもできる。
「さっちゃん、いや……幸子」
「武君」
「本当は君はどうしたい?」
「……知って欲しい、私のこと……教師をしてた頃のこと」
「うん」大きく、うなずいた。
「僕も知りたい。だから僕を信じて。君のこと、知らせて」
最初のコメントを投稿しよう!