【9】半分の嘘と幸宏の真実

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幸宏はしばし彼女の顔を凝視する。 視線を受け止めて、しきりに後ろを気にしながら、でも、浴衣の合わせ目から覗く、サラシで代用した固定具を見た幸子の顔はたちまち驚きで歪む。 ……こんなところ見られたくなかったのに。 自分から目線を外して、「何しに来た」と言うところが。 「慎君かと思って」と口走っていた。 「ええ。いたわ」幸子も答える。 「ついさっきまで、戸を叩くだけ叩いて、あなたが引き戸を開ける寸前、立ち去ってしまったの」 「逃げ足の速い。図体でかいのに妙に機敏なんだよな」と口にした。 「ホントにね。あっという間に角曲がって行っちゃったの」幸子も受けて言う。 ほぼ同時に、ふたりは吹き出していた。 もう幸宏は、「何しに来た」とは言えない。心にもない言葉は吐けない。 視線を足元に落としてふたりはそのまま立ち尽くす。 「尾上君に連れられて来たの」 「うん」 「あなたが怪我したって聞いて」 「そう」 「柊山先生からも……呼ばれて」 小父さんが?  「心配になって……」 「そう」 「……半分は嘘」 嘘? 幸宏は顔を上げた。
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