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◇ ◇ ◇
「何もないわね」と言いながら、彼女はあり合わせのもので手早く昼の仕度をした。
風呂敷包みの中には佃煮や乾物、卵が入っていた。
それらを使って気の利いた総菜を作る。
ひとり暮らしが長く、食事には横着していた幸宏は、鼻腔をくすぐる匂いに腹が鳴るのを止められなかった。
怪我をしてからたかが数日だが、ロクに食事を取っていなかったから余計に、怪我以外元々健康な身体は素直に空腹を訴える。
穏やかな昼。ふたりは同じ部屋でちゃぶ台をはさみ、向こうとこっちで対峙した。
食卓の真ん中には、幸宏が贈った青い小花が欠けた湯飲みに活けられている。
初めて幸子をこの家に誘った時と違っていたのは、食卓にはささやかだけれど昼餉の仕度が並び、ふたりで向かい合って座り、箸を動かしていたところ。ただそれだけのことなのに何かが変わったと思わせるに充分だ。ふたりとも同じ方向を向き、幸子など壁と見つめ合っていた夜と比べると段違いだ。
一客分の茶碗とお椀、そして箸しかない独り者の家のこと、ありったけの皿や食器で食卓は飾られた。
新しい割り箸があってよかった、でなければどちらかが長い菜箸で食べなければならないところだった、とつまらないことを考えた。
しんとして静かな中に時折、犬や人の往来を伝える声が届く。
無言で庭を眺めるだけの時。
平和だった。
「今日はいつまでいられるの」幸宏は聞いた。
「夕方前には戻るわ」
「うん、夕飯の仕度もあるんだろう?」
「そちらは平気。叔母が心配するの」
「叔母??」
……旦那じゃないのか?
はっきり確かめるのができなくて、幸宏は彼女の言葉を待つ。
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