業を背負う者

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メシリッと女は自分の腸が貪られる感覚に、悲鳴をあげた。死んだ。いや、死ぬ。もうすぐ自分は死ぬ。わかっている。この大男の瞳に睨みつけられた途端、蛇に睨みつけられたカエルのように動けなくなり、食われることを覚悟しなければならない。逃げても食われるだけだ。女は、こんな大男と遭遇したことを後悔しながら、少しずつ、少しずつ大男の体内に沈んでいく。 「覚悟」 幼い少女は、その大男の名を呼んだ。もう一度、楽しかった日々を思い出すように名前を呼ぶ。大男は、グチャグチャと咀嚼していた女をゴミのように捨てると、くるりと幼い少女を見つめて、無邪気に笑う。深紅の髪に、青白い肌、盛り上がった筋肉ははっきり言って異業だ。大男の名は、山崎覚悟、しかし、彼は自分の名を覚えているかすら怪しいだろう。 「躑躅(ツツジ)、つつじぃ、つつじぃぃい」 ダラダラと口から血液とよだれを垂れ流しながら、幼い少女に手を伸ばすが、幼い少女は躑躅などという名前じゃない。 『高坂真朱』という名前がある。彼だって知っているはずだが、もうそれすら手遅れなのかもしれない。彼は、もう人間じゃないんだから、しかし、だけど、それでも彼のことを信じて、まそほは訴えた。 「私は、真朱だ。躑躅様はもう、どこにもいないんだ。だから。掛け軸に戻ってくれ、覚悟」 傲慢な願いだとわかっていた。孤独な自分の遊び相手に呼んだくせに、また、静寂な掛け軸の中に戻れなんて、真朱には言えないこともわかっていたけれど、このまま放置しておけば、覚悟は人を食い続ける。犠牲者を増やし続けるだろう。 「つつじ、自分と一緒になろう。食われるんだ!!」 「…………っ!!」 真朱は、恐怖の限界を感じてきびすを返した。自分一人が食われるのならまだいいが、どうせ、覚悟は自分を食った後も必ず女を求める。ピリピリと背筋を走り抜ける、恐怖がそう告げていた。ランドセルを揺らして、中に入れた掛け軸を抱えて逃げ出した。永遠に終わることのない、鬼ごっこの始まりである。 「カルマ、または、業と言うべきかな」 と電柱の上に佇む、少女はポツリと呟いた、奇特な格好の少女だ。青色着物に、右目を隠した白髪の少女は、まるで何か語りかけるように言う。 「この物語は、いわば業の物語だ。長年の呪縛に縛られた者、または、主人公の役目を与えられた男。彼らが背負う業がぶつかり合う、物語だ。勝てば官軍、負ければ賊軍」
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