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ないと言いかけた、真朱に伊織は重ねるように言った。身代わり?
「通りすがりの名前も知らない女をあの怪物に与えてたんだろう? 空腹に喘ぐあの怪物が、自分を食わないために、不審者がいるとか誘い込んで食わせていたんだろう?」
「違う、私は、そんなんじゃ、あれは覚悟が勝手にしただけで、私は何もしてない」
この少女の言っていることはデタラメだ。真朱はそう思った。女は、勝手にやって来る、暗闇の中に灯る光に吸い寄せられるように、女達は覚悟を求め、そして食われた。
「なぜ、止めなかった? あいつは危ないと忠告することもできたけれど、それすらしなかった」
食われるのが怖かったから、放置したんだと伊織は言う。
「そのランドセルの中に隠した紙切れで、いつか危なくなったら封じ込められると言い訳をして、危ないことから目を背けてきたんだ。君は卑怯で、卑屈だなぁ。自分の負うべき業を他人に押し付け、自分だけは生き残ろうとする。卑怯者だなぁ」
ニコニコと伊織は、真朱を追い詰めていく。楽しそうに笑いながら言う。
「そして今、君の代わり戦ってくれる人が死のうとしている。やっぱり君は逃げるだよね? 自分には無関係だと言い訳をして、あの人が悪いんだと押し付けてさぁ」
その通りだ。あの人は勝手にやってきた。勝手に死のうとしている。そんなの真朱には関係ない。
「でも。君のせいだぜ?」
「え?」
「君が、ここに来なければ、君がここに現れなければ、彼は戦うことなく、いつも通りの日常ってやつを謳歌できたんだ。死んだら君のせいだ。いいや、今まで死んだ女達も、元凶は君なんだろ。君があの怪物を掛け軸から解き放たなければ誰も死ぬことはなかった」
ほんの少しの安心を、伊織の言葉が叩き潰す。元凶は真朱だ。真朱が孤独を癒やすために、あの掛け軸から覚悟を解放しなければ誰も死ななかった。
「どうすればいいの、私」
追いつめられた、真朱は聞く。
「決まっているさ。その掛け軸の中にあの怪物を封じ込めろ。そうすれば、もう誰も死なない。君は死ぬかもしれないが、それくらいの覚悟は必要だろうね」
そう言って、伊織は、真朱の背中を押した。
一歩、踏み込むだけで死ぬかもしれない戦場へ、放り込む。
山都は荒い呼吸を繰り返していた。経験の差、その差を埋めることができない。一撃、一撃が重く、強くなるにつれ劣勢になっていく。長期戦では不利だった。
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