そして二人は春を疎む

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時は金なり、タイムイズマネー。先人たちはありがたい言葉を嫌になるほど残してくれた。 一分一円の単純計算なら人間の寿命を八十年とした場合、約四千二百万円。一介の新高校生たるわたし、来宮柊奈(クルミヤ ヒイナ)からしたら、途方もない額だと思う。でもそのうちの二割はすでに失われているし、今この時も刻々と消費され続けている、ということ。 そう話すと、わたしの目の前に立つ旧友にして腐れ縁、天沼楸(アマヌマ ヒサギ)は苦笑いを浮かべてみせた。 「残念だけど、その話は少し不足があるように思えるよ。だって資産運営なんて、増えたり減ったりするのが普通でしょ。相対性理論じゃないんだから、時間を構成する不可逆の素材は、理由の有無なんかに関わらずに消費されていくんだ。そこに有益も無益もなくて、ただ時間は死んでいくだけさ」 素朴な印象のショートの黒髪。未だ眠そうな瞳に、取ってつけたようなヘラヘラ笑い。だが今日に限って言えば、笑いが引き攣ってるぞ、アホ。 「一理あるかないか知らないけど、つーか知りたくもないけどさ……」 楸の苦々しいヘラヘラ笑いが、さらに引き攣る。 「新学期、いや入学早々から私の貴重な時間を使わせるってことはさ……一体全体、まったくもって、どういう考えなんだ? あ?」 「いやホンットすいませんでしたぁぁぁぁぁ!」 すこーし殺気を出してやれば、ほらこの通り。無様な拝みヒサギの完成だ。 現在7時半を少し回って、そろそろわたしと楸の新しい学校の入学式の時間が、嘲笑とともに差し迫ってきていた。それもこれも全部この低血圧系女子のおかげということで、いやはやありがたやありがたや。奉り上げてやるついでに頭蓋からアスファルトに落としてやる、と新生活に向けて決意を新たにしてみた。しかしあまり面白みがない。 「ガチな話、その朝に弱いクセは治しといた方がいいんじゃ?」 歩きながら、わたしは少し真面目っぽい顔をして忠告する。しかし当の本人は相変わらずのヘラヘラ笑い。
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