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またのご利用を、とは言ったけれど……。
こちらのご利用ではないのだけど。
門を通る際に守衛に頭を下げながら、茉莉花は人目がなくなるのを待って、まわりに人がいないのを確かめてから仏頂面をする。
拾得物を届けた日から、慎と乗り合わせた時は何かしらお忘れ物が落ちているようになった。お届け役は茉莉花の『仕事』だ。先回りして機内に物を忘れさせないようにしたところで、構内でぽっとんと帽子を落とされたらどうしたらいいというのだ。
ご丁寧に、大学名と電話番号が書かれている。
幼稚園児なの!
最近では、拾得物係へ行く前に、茉莉花に直接持ち込まれる。
「だってねえー」
同僚は顔を見合わせて言う。
「尾上先生のお気に入りなんだもの」
「気を惹きたくて仕方ないのね」
「どうあってもあなたに会いたいんだわ」
「嬉しそうよ、茉莉花さん」
ご冗談!
おほほと笑顔で返すけれど、本当に笑えない。
「お礼に美味しいものをたくさんご馳走になればいいのよ」
断ったんだよ、毎回、断ってるんだよ。
顔で笑って心で怒って。
彼女たちは彼とのいきさつは知らないから、呑気に言えるのだ。まあ、教える気もないけれど。絶対に言えないし……。
けれど――。楽しい?
慎とのやりとりは、少女だった頃を思い出させた。無邪気に笑えたあの頃。大好き、と手を伸ばして言えた過去の自分。もう、時は戻せない。
お願い、思い出はそのままにさせておいて。
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