ep.7 ふたりの

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“好きな人の言葉って全部好き。でも、一番好きな言葉は決まってるんです。 あんまり聞けないけど、ここぞって時に聞けるのが、醍醐味なんです。” 朝がやってきた。俺にとっては、こういう風に迎える朝は久しぶりである。 それは初めて男と一夜を過ごした、おそらくその夜以来だろう。 初めての俺は、盛り場で会った見ず知らずの、おそらく一世代上の名前も知らない男にただされるがまま、あっという間に達して、あっという間に奪われた。 それは全然いい思い出ではないが、自分がこれをきっかけに、俺を抱く相手の癖や技を少しずつ盗んでいくことにした。 “経験は一番の財産である。” これは俺の中で一番しっくりくる座右の銘である。 何事も一度経験したら、人は初心者から経験者になるのだ。 これも経験、そう思えば、人は何でも乗り越えられるものなのだ。 しかし、今回のは、少し状況が違うような気がするのは、俺の気のせいなのだろうか。 できれば、気のせいであってほしいと、普段気にととめない夜空に願いたかった。 俺は昨晩、やる側からやられる側に立場が変わった。 これは、俺にとってとても切実な問題である。 何でよりによって、隆みたいなやつに、主導権を握られなきゃいけないんだ。 思いっきり下で喘いで愛を乞う側だろうが、ほんとむかつく奴。 俺の体には拘束具でついた跡が生々しく残っており、決して色白ではない肌をこれでもかというくらい青白く染めていた。 隆てめえ、あんな力何処に今まで隠したんてたんだか。 俺が起きた時にはもう隆の姿はなく、その代わりに隆が書いたであろう置き手紙が俺の目覚めを出迎えた。 今時手紙って。メールでもいいだろ、手間なことしやがって。 “りょうさんおはよう。昨日はごめんなさい。 どうやって謝っていいかわからないから、手紙残します。 モンブラン食べました。おいしかったよすごく。 りょうさんの味した。ほんとにごめんなさい。 帰ったらりょうさんの好きにしていいから。 大好き。隆です。” 隆はメールの語尾やこういった手紙の最後には必ず「隆です。」と付ける癖がある。 いつもそれを見ると、自分の知らないところで自分の名前を呼んでほしいのかとすごく愛しく思ったものだ。 でも今は、その文字こそが俺の怒りの根源になりうる要因になっていることを、当の本人は知る由もない。
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