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手術室の中は冷たかった。麻酔から目覚めたのは病室。壁もカーテンもベビーピンクで統一されているのに照明がついてなかったせいか色あせて見えた。午後3時だというのに部屋は薄暗い。雨が降っていて大きな窓ガラスにはいくつもの水滴がついている。その窓からどんよりとした暗い空を見ていると、遠くで赤ちゃんの泣き声が聞こえた。きっとそれは出産した誰かの赤ちゃんの泣き声なのだろうけど、私には私の赤ちゃんの泣き声に聞こえた。愛したはずの、愛されていたはずの男性との間に出来た命。温かい床から掻きだされて痛い痛いと訴えるように泣いている。堕ろして聞こえる筈もないのに。
日帰りの手術、私は追い出されるように産婦人科を出た。自宅に戻った。食欲もない。寝てしまおうと明かりを消して横になる。目をつむると暗闇に赤ちゃんが浮かぶ。そして恨めしそうに私をにらんで泣く。ハッとして起き上がり、明かりをつけてその赤ちゃんは消えた。幻想、幻覚。うつらうつらとして、頬に何か冷たいものが伝わってきて目を覚ます。指で濡れた頬を拭う。
数日間は安静にするように言われたけど、翌日から出勤した。何かしてないと気が狂いそうだったから。皆が私をチラチラと見てヒソヒソと話をする。どこからか話が漏れていた。手術とか堕ろすとか不倫とか、そんな単語が聞こえていた。でもそんなのことはどうでも良かった。赤ちゃん、私の赤ちゃんは消えてしまった。自分のこの手で消した。殺した。生きたい生きたい、生まれたいと望んでいた命を私は無理矢理に殺した。
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