149人が本棚に入れています
本棚に追加
ここのチーズケーキが好き。
「里香、遠慮してねえか?」
「遠慮?」
「給料日後だし、何もファーストフードでなくてもさ」
「いいの、ここのチーズケーキが一番のご馳走だから」
「ならいいけど」
窓からは春の景色。駐車場に植えられた桜の木は果実のようにたわわに花をつけている。小鳥が蜜を吸いにきたのか、一つの枝がゆったりと揺れた。桜なんてどこにでもある。見たくなくても目に入ってしまう。私は半透明の紙をくるりと剥がし、キャンディ状のチーズケーキを一つ頬張った。それは口の中で溶けて、私は甘酸っぱい液体となったそれを喉に流し込む。向かいの席に座るのはつきあい始めて2年の啓之、まもなく三十路になる彼は同じ会社に勤める先輩だ。といってもデスクを並べてともに働いたことはない。隣の課の、顔見知り程度の先輩だった。寡黙で真面目、見た目に派手でも地味でもない。でもスーツだけはいつも綺麗で、つきあいだしてから知ったけれどスーツはセミオーダー。どこにでもある三流品ブランドではあるけれど、身丈にあったものが一番綺麗に見えるというのが彼の持論だ。どんな一流ブランド品でもサイズに合わないものはみっともないらしい。
土曜日の昼時、店内がにぎやかになる。空いていた隣の席には2歳くらいの男の子と母親が座った。おなかが空いていたのか男の子は手を洗わずにポテトに手を伸ばした。すかさず母親が注意する。男の子は摘んでたポテトを取り上げられて喚きだした。ぎゃあぎゃあと大きな声を出して抗議する。まだ喋れないのか言葉にはなってない。私はその親子を横目に彼を見やる。彼は眉を潜めてマグのコーヒーを飲み干した。
「出ようか」
「……うん」
彼はそそくさと席を立ち、自動ドアへと早足で向かった。私は残りのチーズケーキ2粒を鞄に放り込み、彼のあとを追う。いつもそうだった。きっと彼は子供嫌い。そしてそんな彼が私と付き合うのは自然な流れだったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!