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彼とつきあい始める前、私はしてはならない恋に身を焦がしていた。相手は直属の上司、五島課長は妻子持ちだった。たまたま同郷だった私を課長は入社当時から何かと気に掛けてくれ、私が仕事で悩んでいればアドバイスをし、失恋すれば慰めてくれた。私もそんな気のいい上司に甘え、頼ってきた。5つ年上の彼は上司と言うよりは先輩とか兄のような存在だった。 半年ほどしたある日、私の住むアパート付近でレイプ事件があった。犯人は逮捕されておらず私は不安と恐怖に苛まれていた。数日後、折悪く残業で退社が遅くなってしまい、帰るのを躊躇していたら課長が私の自宅まで送ると申し出てくれた。課長の車に乗り、アパートの前まで行った。外付けの階段を上るのも怖くて彼に部屋までついてきてもらった。部屋にも入ってもらった。あとは成り行きだった。ソファ代わりのベッドに並んで腰掛け、彼は怖がる私の肩を抱き、こめかみにキスをした。私から顔を見上げると今度は唇にキスをする。そっと押し倒してそっと首筋にキスをして、片手で私のブラウスのボタンを外していく。私は抵抗しなかった。だって彼に尊敬以上の感情を持っていることに気付いていたから。勿論、それは押さえ込むべき感情で、表に出してはいけないものだと理解していた。悲しむのも自分だと知っている。でも、こうして求められて、彼の手を拒むことは出来なかったのだ。避妊具など持っていなかった私たちはそのまま行為をした。外に出すと彼は言って確かにそうしたけれど、それがあやふやな避妊なのは互いに承知していた。万一、妊娠することがあれば産んでもいい覚悟があった。それだけ彼を尊敬していたのだと思う。 運よくそのときは妊娠はしなかった。私たちはその後も逢瀬を続けた。課長に合い鍵を渡し、私はピルを飲んだ。週に一度は彼は来た。月に一度は夜通し抱き合った。私はこうして彼と抱き合えるだけで嬉しかったし、幸せだった。彼に離婚を求めることなどしなかった。彼も離婚を考えていないのは理解していた。奥さんも子供も大切にしていて、でも別の次元で私を大切にしているのも分かっていたから。尊敬する先輩であり上司であり恋人であり、それで充分だった。
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