第1章

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水商売経験がそこそこ長くなり、お客様の歌声を数多く聞いてきたが、女性の歌をこんなに見事に歌い上げる人に出会ったことがなかった。 明るく人当たりが良いヨンだが、たまにフッと見せる寂しげな目が彼の内に秘めた何か言い知れぬ悲しみを表していた。 どちらからともなく、連絡先を交換し、時間が合えばご飯を食べに行く仲になった。 腹ごしらえをしてから、二丁目に繰り出した。 アジア料理が好みな私たちは、タイ、韓国、中華料理をよく食べに行った。 ヨンたち中国人の間で評判の、中華料理の隠れた名店にも連れて行ってもらった。 中国人のヨンがなぜ東京に出てきのか、出会って間もないうちにヨンから話してくれた。 ヨンは、中国で貿易会社を営む両親の一人息子だった。 実家は裕福で何の苦労もなく育ち、絵に描いたようなお坊ちゃま。 教育熱心で真面目な両親に育てられたヨンは、豊かな教育を受け、海外留学の経験もある。 日本語と英語は高校を卒業するまでに習得した。 食べることに困ることがなければ、一生お金に困ることもない。 不自由なく育ってきたヨンだが、たった一つ彼を苦しめていたものがあった。 ヨンは自分が小学生の頃に、性同一性障害だと自覚した。 幼い頃は、自分は変なんだ、普通じゃないんだと責めたこともあったという。 成長するにつれ、自分の気持ちが抑えきれなくなる。 日本の東京には、新宿二丁目というゲイスポットがあることをネットの情報で知る。 居ても立ってもいられなくなり、すぐさま日本へ発つ準備をし、新宿二丁目に訪れた。
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