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――私たちの関係を断ち切るための、最後にしようじゃないか――
安田課長の言葉が頭からずっと離れずに、ループしていた。
「こんなハズじゃなかったのに……。何で、いっぺんに重なっちゃったんだ」
ずっと好きだった安田課長に構ってもらうべく、自分なりに作戦を立てて仲良くなろうとした。
仕事の出来るヤツよりも、宮本のように出来ないヤツに対して厳しく接するためなのか声かけがよくなされていたので、あえて仕事が出来ないヤツを演じ、バカを装いながら日々を過ごしていた。
だけど相手はノンケで自分の上司……。当然好意を寄せても、不快感を倍増されることが想像がついて、ほとほと嫌気が差してしまった。
疲れ果てた末に合コンで知り合った彼女と、数ヶ月前に何回か関係を持った。そう、数ヶ月前で自然消滅していたのに、どうして今頃――
「……全部、自分が悪いからだろ。何もかも中途半端に投げ出してしまったから」
江藤に頼まれた書類を届けてから自分の用事を済ませ、足取りの重い状態で会社に戻る。
20階建てのビルの前をふと仰ぎ見たら、屋上にいる誰かの影が目に留まった。
安田課長だろうか――もしかして僕のことを待っていてくれている?
そのまま立ち止まり、薄っすらと見える影に、そっと手を伸ばしてみた。
「こんなにも愛おしく想っているのに、最後まで心を手に入れることが出来なかった」
出張の末にやっと手に入れたのは、安田課長の身体と仕事で縮まった距離感だけ――たまに見られる、はにかんだ笑顔が宝物だった。
「いきなり男に迫られた勢いで、好きになるような人じゃないことくらい分かっていたことじゃないか。そんなの……」
伸ばしていた手をぎゅっと握り締めてから力なく元に戻し、そのままエレベータに乗り込んで屋上を目指した。
どうやって会話を切り出そうか考えている内に到着し、そのまま進み出ると屋上の扉に何か張ってあるのが目に飛び込んできた。
【フェンスの点検中につき、屋上使用禁止】
無駄のないその内容に安田課長らしさを感じて、つい笑ってしまう。だけどその笑みを消すべく、ぎゅっと噛み殺して重たい扉を開け放った。
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