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「……お前の気持ちに、私は応えたいと思った」
「えっ――!?」
安田課長の薄い唇が信じられないことを口にしたので、ぽかんとするしかない。
「応えてあげようとした矢先に、あんなことがあって。すごくショックだった……」
「それはっ! 僕が……あの、すみません……。何て言っていいのか。でもこれだけは分かってください。僕が一番愛しているのは、安田課長だけなんです!」
ふたりの間を割くように吹いていた風が、一瞬だけぴたりと止む。まるで僕の気持ちをしっかりと伝える、手助けをしてくれたみたいだ。
だけど安田課長の顔は相変わらず曇ったままで、一歩一歩近づきながら力なく首を横に振る。
「そんな言葉を信用しろというのか、安易だな。人の心は、いくらでもウソをつけるというのに」
「ウソじゃありませんっ、信じてください」
「だったら――」
フェンスの金網ごと、僕を強く抱きしめた安田課長。甘い吐息が耳にかかり、くすぐったくて肩を竦めるしかない。
「お前の全部を私に寄こせ。差し出してくれたら、もれなく心の中に棲まわせてやろう」
安田課長の低い声と一緒に、笑ったような震える吐息を心地よく思った瞬間、体を向こう側にぐいっと押された。ぎぎぎっというイヤな金属音と一緒に、足元がふわりと空中に浮かんだ感覚があって――
声を出す暇はなく、無我夢中で両手を振り回しながら必死なって何かに掴まった。
片手はビルの壁面と、もう片方は安田課長の足首を掴んでいた。
「おっ!? さすがは若いだけあるな。私もお前と一緒に、危うく落ちてしまうじゃないか」
「助けてください、安田課長!」
「カゲナリの危機一髪ってところだろうけどね、それは無理な話なんだよ。だってわざわざ錆付いた北側のフェンスを選んでネジを全部緩めて仕掛けをしたのが、私自身なのだから、ね」
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