巻き込まれるトラブル

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「いい加減にしろ、下田。私の胃袋をこれ以上、キリキリさせてくれるな!」  青筋を立てながら、うがーっと唸ってやると、渋々といった感じでやっと離れた。  宮本の次の次くらいに、バカがつく社員のひとり、下田陽成(しもだかげなり)。  二言目には『難しくって僕、出来ないかも』と言いながら、ちゃっかり相手に面倒な仕事を押し付ける天才。そういうのを許されるのは新入社員までだというのに、30歳過ぎてもそれをやってのける精神がある意味、感服させられるというか何というか。  心の中でコイツのことを、下田カゲキングと呼んでいるのは内緒だったりする。 「あの俺様江藤様に土下座をさせるとか、やっぱ安田課長ってすごいっすねぇ!」 「土下座なんてしていなかったろう……で、何しに来たんだ?」 「さっきの話の流れから推測して、きっと出張に行くんだろうなと思ったんですけど」  下田の言葉に、深いため息をつきつつ、ぎろりと睨みあげてやる。 「人の話を、聞いている暇があるなら」 「今月の決算報告書、まとめてみました。偉いでしょ?」  ひらひらと見せてきた紙は確かに頼んでいた仕事なれど、昨日頼んだ仕事をこのタイミングで持ってくるなんて、どれだけ時間がかかっているんだという話で。  文句のひとつくらい言いたいけれど、コイツの親が取引先のお偉いさんの息子なので悲しいかな、下手なことは言えない。 「済まないな、助かったよ」←棒読み  手渡された紙をデスクの上に置いて、胃を押さえた。自分の立場が煩わしい――余計キリキリするじゃないか。  救いがあるのはどんなに仕事が遅くても、間違いなく正確にしてくれることくらい。精神に余裕のある時にだけ、いろいろ言葉を付け加えて褒めてやっていた。
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