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「安田課長、出張に行くなら是非ともお供させてください! 間近で優秀な仕事ぶりを、拝見してみたいんです」
コイツと一緒に出張――
「断る理由なんてないですよねっ。だって出張は不測の事態に備えてペアで行かなきゃならないんだし、僕が一緒について行ったら、もれなくいいことが起こりますよ。きっと!!」
(――もれなく悪いことが起こることの、間違いじゃないのか……)
「下田……あの」
「出張の日、決まったら教えてくださいねっ。安田課長と出張に行けると思ったら、バリバリと仕事がこなせそうです。頑張ろうっと!」
かくて勝手に一緒に行くことになり、茫然自失する安田課長。
この後の展開にほくそ笑みを浮かべる作者と読者さま、あとは狂喜乱舞しているであろう人物がひとり――
北側にある湿りきった給湯室で、おさ○な天国のサビの部分を歌っていた。
「安田安田安田ぁ、課長を食べると、身体からだ身体ぁ、からだにイイのさぁ♪」
頑張ろうと言った傍からちゃっかりと部署を抜け出し、あまり人の来ない給湯室に篭って、思い切り嬉しさを歌で表現していた下田。
「嬉しすぎて吐血しそうだ。あの安田課長と出張に行けると考えるだけで、こんなにたぎってしまうとか……」
くーっと呟きながら、シンクを意味なく叩いてしまう。
「出張先でトラブルを起こし滞在が長引けば、きっと泊まりになるだろうな。でもトラブルって、どうやって起こせばいいんだろ? 僕がドジってもあの安田課長のことだ、完璧にフォローしてくれそうだし」
トラブルの起こし方を考えている傍から脳裏に浮かぶのは、安田課長が頬を染め、涼しげな一重まぶたを震わせながら、僕をおずおずと見上げる姿――
『そんな顔して、私を見つめるな。はじめてなんだから、優しくしろよ……』
とか何とか言っちゃって、あの細身の身体をしっかりと僕に預けてくれちゃったり。
さっき部署で後ろから抱きついた時に嗅いだ、安田課長の匂いやぬくもりがしっかりとインプットされているからこそ、この妄想が忠実に映像化されるのだけど。
「これを実現化させるべく、入念に仕込みをしなければ。仕込みといえば――くっくっくっ……」
卑猥なことばかり考え、給湯室から漏れ聞こえる押し殺したような笑い声を通りがかった女子社員が聞き、後に幽霊が出ると社内中に語り継がれることになろうとは、下田は知る由もなかった。
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